さて、時計を進めて、1999年の暮れにWAVEが閉店したと言うニュースを見るまで、私はWAVEがレコード店である、と言う認識は実は持っていなかった。記事にあった「レコード店」という単語に、妙な違和感を感じたものだ。確かに数フロアに渡ってレコード売り場が占めていたし、ここでの買い物と言えば、ほとんどがレコードだ。それでもレコード店と言う定義が相応しくない気がする理由の一つには、まずこの店の外観がある。
時は遡って私がまだ二十歳くらいで、美大を中退して音楽一本に絞ろうとかどうしようかと言う頃に、青山ブックセンターへ用があって六本木へ行った時のこと、なんの前触れもなくWAVEはそこにあった。記憶の中にあるそれは、真っ黒で角がガラス張りの円筒形になったビルの頂上に、巨大で白いWAVEのロゴ。下手すりゃラブホだ。
レコードショップと言えば商店街か、ビルの何番目かのフロアーにあるものであり、この外観はレコードショップのイメージとはかけ離れており、そのイメージが最後まで残ったんだと思う。
なんだなんだこの建物は思って足を踏み入れると、右手にいきなりビデオレンタルのコーナー、左手には何やら青いボトルが沢山並んでいたような気がするのだが、これは記憶違いかも。ビデオのレンタルコーナーは、もっと後になってからだったかも知れない。
正面には大きなブラウン管があって、たしかYMOの映像が流れていたと思う。圧倒されて暫く呆然と立ちつくしていた記憶がある。
二階はより上はレコードショップになっていて(ビデオも扱っていた。当時まだCDは無かった)、観たことも聴いたこともないようなアーティストの作品ばかりが並んでいた。当時の私はロックとフュージョン、時々クラシックだったので、立ち並ぶ民族音楽やヨーロッパのアンダーグラウンド系の音楽はほぼ未知の領域。一巡りして外に出ると、地下には六本木シネ・ヴィヴァンという映画館。これでレコード店と思えという方が無理な話で、それ以来WAVEは音楽やら映像やらの、かなり先端的なものを扱う一種デパートのようなものと言う認識で、自分的には青山ブックセンターとセットのような感覚で捉えていたと思う。
しかしこの頃はまだ、この建物が日常的に身近な存在になろうとは、夢にも思わなかった。
その後本格的に音楽でやっていく決心をして、様々な幸運が重なってCM音楽の作曲を依頼されるようになり、その録音のため、今や六本木ヒルズに踏みつぶされてしまった、旧テレビ朝日のレコーディングスタジオ(テレビ局の録音スタジオだけあって、映像と音楽を合わせるのに好都合だったため、CM音楽録音では、ここが定番スタジオの一つだった)に足繁く通う事になるのだが、実に都合の良いことにWAVEはこのスタジオの目と鼻の先にあった。当然、録音の前後にここに立ち寄り、資料になりそうなレコードを物色するのが、ほぼ日常となった。当時のCM音楽は、ある種実験の場でもあり、CM音楽の作曲家は競うように新しいアイデア、新しい手法を取り入れては実践していたのだが、WAVEの品揃えは、まさにそういうことの為のネタ探しにはうってつけだったのだ。だって試聴できるし。
私のCM作品でも、ガムランを取り入れたり、効果音でリズムを刻んだりというのがあったのだが、それはスタジオの行き帰りにWAVEに足を運んだた結果だと思う。まさにReserch&Developmentそのものだ。
しかし考えることは皆同じらしく、ここに来ると、必ずと言っていいほど同業者に出くわした。これが、WAVEがミュージシャン's ミュージックショップだと言う理由の二つめだ。
その後、このWAVEの最上階にあったCM制作会社からも仕事を受けたりして、ますます関わりを深めていくのだが、やがてこの建物を完全攻略する日が来るとは、まだ想像していなかった。